双極性障害Ⅱ型の日々

双極性障害(躁うつ病)の日々の記録、その他

元号変わるってさ

また放置してたけど、あれ、明日から新元号だよなと思って書いてみる。

私は昭和生まれなので昭和→平成の時もしっかり覚えているけど、今回は完全にお祝いムードだなーと傍観している。自分自身のことを思い返してみると平成の終わりは完全に病気でやられてたし、改元したところで病気が治るわけでもないし別にね~、という感じ。そもそも令和初日の明日は整形外科でMRIだし(以前の怪我が完治してない)改元はいはい、私は蚊帳の外だ。GWも関係ないしさ。

もちろん平成、楽しいこともあったよ。ほぼ10年間日本とインドを行ったり来たりして終いにはインドで学生生活しちゃったり。昔からしたかった仕事で生活して色んな経験をすることもできた。まあ、よく遊びよく働きちょっと学んで最後に病気でコケた時代だったよ。最後の病気だけマジで余計だけどな。

病気になって色々わかったこともある。私の様子を見て離れていった人もたくさんいるし、離れないまでもがっつり距離を置かれた人もいる。要するにメンヘラとは関わりたくないんだよね。それは私も理解できる。理解できるけど実際に自分がやられると結構キツいね。病気のスウィッチの原因になったと思われる信頼していた人からの手ひどい扱いもあって、ただでさえ人に対して警戒心が強い方なのにそれがさらに強くなってしまった。

それでも以前にも増して私のことを気にかけてくれる数少ない友達もいてくれるので、本当に感謝してる。こういう友達がいるからなんとか生きていけてる感じ。

とにかくODのお土産の怪我もなかなか治りきらないし、いつやらかすかわからないけど、ソロソロと手探りで生き延びていければいいのかな。これが平成の終わりにあたって思うこと。

春ですなぁ

みんな、春だぜ!私は肋骨と両膝のお皿がすごいことになってるけど、とりあえず春だ。身体の向きを変えるたびに「いてていてて」と呟いてはいるが精神状態は多分悪くはなかろう。


そんなことよりあなたピエール瀧逮捕って何なの?
これでも私はテクノっ子で電グルなんて飽きるほど見てるし、卓球よりも圧倒的に瀧派だ。だってクラブでとあるDJのリリースパーティーの時にシャパンごちしてくれたんだもん(単純)。

で、ここから真面目な事を書きますが、日本の「ドラッグダメ絶対!」ってよくないと思う。どんなドラッグにどんな効果があって、どんなダメージがあるか。これってざっくりと海外というが、海外ならば教育してるよ。だって、もし知らぬ間に一服盛られて「あれ?あれ?」ってなったらどうするよ。下手したらODで死んじゃうよ。日本は何にしろ禁止文化でドラッグで捕まえても刑務所に放り込んでおけば抜けるだろ、って発想だけど、それはもう違うんだってわかってきてるよね。精神的依存、肉体的依存、それをきちんと治してこそやっと中毒者から抜け出すんだよ。

私は海外をふらふらしてた時期もあっていわゆるジャンキーもたくさん見た。あれはダメだ。真っ青な顔に顔中ブツブツで、でもいわゆるイケメン。でも彼の目には何も映っていなかった。一点を見つめてよれよれになって階段につかまって(あれはヘロインだな)。なんとも言えない気持ちになった。


てことで「ダメ絶対!」教育には反対。
そして瀧には戻ってきてほしい。

 

虹

 

 

肋骨折ったー!

なんとなんと肋骨を折りました。
記憶のないままにプチODして、記憶のないままうUBER EATを頼んで到着したので階段を降りていったらすんごい勢いで転げ落ち巻いた。顔も血まみれやで。そして身体が痛い、胸のあたりが劇痛。これはあかんと必死に声を上げて「すみませーん、助けてくださーい」と叫ぶも返事なし。

これはあかんと四つんばいになって玄関まで行くと「あっどもUBERでぇす」とチャラいいお兄ちゃんが。おい、おまえわし顔面から血流して四つんばいになってんで!と怒りに燃えながら商品を受け取り、必死に階段を登って部屋へ。

「いってええええええええええええ!やべえエコレやべええ!」と転がりまわりながら、一応湿布を貼ってどうにか寝たものの、翌朝「うぎゃああああああああ!」寝返りが打てませぬ。


夕方になってから劇痛に耐えかねて救急病院へ行ってレントゲンを撮ったら「あ、折れてるね」おい、軽いよ!湿布をしてその上にコルセットみたいのを装着して「これそんなにひどくないから。痛かったら鎮痛剤飲んでね」で終了。

わし、どうしてこうケガすんねんやろ…。

ちょっと3月ですやん…

放置しすぎたー、放置してたらもう3月ですやん。
相も変わらず基本的には過眠が続いてるけれど精神状態は安定してるのかなぁ、うんしてるような気がする。

困っていることはとにかく記憶が飛ぶ、すっ飛ぶ。2ヶ月くらい前のことなんかなーんにも覚えてない。記憶力が良いのが自慢で何を聞かれてもぽんぽん答えられてたのにどうでもいいことすら思い出せない。えーとえーととググらないと単語すら出て来ない。これが困る。なんとなく落ち着いてるような気もするし、このぐだぐだ生活ってただ怠けてるだけじゃないか?と思うものの、この状態で仕事は無理だ、だって記憶すっ飛ぶし。数日に1度は寝たきり状態になるし。寝すぎて生活時間帯が夜型に向かってズレてる気もする。

それを主治医に話したら「出かける習慣つけるためにデイケアとか来てみる?」と言われ、担当のPSWさんと面談したけど「え?デイケア?院長になんか言われました?」とおまえにデイケアいらんと思うで的な態度全開w 話し合った結果「別にデイケアじゃなくてもいいから少し外に出ることを意識してみるくらいでええんとちゃいますか?」で終わり。面白っ。

とりあえず、予定としては今月末にアイスショーに行くのだ。ふふふ、しかも近場なので非常にありがたい。はっきりいってアイスショーのチケットはお安くないのだが「ええい、いい演技見てテンション上がったらええやん!」と勢いで取ったわけだ。今月の予定は通院とそれだけ(笑)

そんな感じでどうにか生き延びてます。


12月って今年の終わりやん

まーた1ヶ月以上経ってしまった。

先月はとりあえず実家に10日ほど帰った。北の大地、到着した途端に雪。唯一の友達に連絡をしたら「雪を連れて来たね」と笑われる。何でや、寒いのダメなのに。実家でのんびりと思いきや何だか人の出入りが激しく、突然東京の叔母まで登場。普段部屋で一人で過ごしている身にはいきなり刺激が強くて脳みそがそわそわするような感覚に襲われる。それでも友達と会ってまったり喋ったのは楽しかった。

ああそうだ、映画『ボヘミアン・ラプソディ』も観に行った。なぜかこれは観なくてはいけない!と思って気合を入れて出かけて行ったんだな。映画は良かった。最初の20世紀フォックスのファンファーレからニヤリとし、ライブのシーンでの機材とか再現性がハンパないのもすごかったな。とにかくラストのライブエイドのシーンに向かって進んで行くのを夢中で観てた。映画が終わって会場の照明がついたら結構な人達の目が赤かった。いろんな世代がいたけどモロストライクゾーンの世代の皆さんが多かったのもなんだかじーんとしたな。どうしようかなと思ってる人は観ておいたほうがいいよ。

当たれ当たれ当たれと念じていたフィギュアの全日本選手権は全滅。くー、近場でやるというのがまた悔しさに拍車をかける。まあしょうがないのでテレビで観戦するしかない。

気がつけばどこもかしこもクリスマス~年末モードに入っているな。私自身は特に何もなく、とにかく調子がいいんだか悪いんだかがよくわからない。ちょっと気分が良くて動き回れる時もあるんだけれど、これが軽躁なのかフラットなのかがもうわからなくなってる。普通の状態ってどんな状態だっけ…。とりあえず気分にまかせて動ければ動き、動けなければぐだぐだと過ごしてるけどいいのか、これで。主治医も「波があるからとにかく今は様子見」と言うし、まあいいんだろうと思ってる。

今年1年の記憶も本当にあやふやでわけがわからん。はぁ。


映画『ボヘミアン・ラプソディ』最新予告編が世界同時解禁!

11月になっちゃった

久しぶりのキーボード入力。やっぱりこっちがしっくりくるけどまだまったりとしか打てないからもどかしい。

えーと先月はそうそう、全身強打から首のMRIを撮ったとこまで書いたんだな。結果は頚椎の何番目か忘れたけどそれがちょっと変形して神経を圧迫してた。服薬で様子を見たけどなかなか改善せず医師に「どうする?手術する?するなら大学病院に紹介状書くけど」と言われて、えっ、自分で判断するの?とびびりながら「く、くすりでようすをみましゅ」と伝え、さらに薬を増量して様子見。2周間後、やや手の痺れが取れてきたのでこのままで行こうということになり、なう。

手の痺れは両手とも薬指と小指以外はほぼ取れてきた、が、他の指の関節がまだ痛いのでリウマチの検査までしたんだぜ、何ともなかったけど。股関節は問題なさそうだけど左脚の付け根から膝上あたりまでが痛い、歩くと痛い、横になると痛い。だからせっせと湿布を貼っている。ここ数日冷えてきたら余計に痛いわい。年取ると回復するのに時間がかかるね。

そうそう、先月は妹夫婦が旅行でやってきて正味3日間案内役をした。相変わらず過眠の私に合わせて午前中のスタート時刻は遅らせてもらったものの、毎日身支度のために早起き(あくまで当社比)をするのはかーなーりーしんどかった。毎日目覚ましかけて緊張のあまり夜中に何度も目を覚ましたもの。前にも書いたことがあるがうちは妹夫婦も私も病気というハイブリッド一族なので基本的に全員体力がない。それなのに2日目なんか2万歩以上歩いた!妹達もびっくりしてた。妹夫婦は普段は車生活だからね。まあそれでも楽しく過ごしたけど、その後反動で3日くらい寝込んだ(笑)主治医にその話をしたら「そりゃ反動は来るわ。でも楽しく過ごせたならええやん」と言われ、そうですよね、と返した。

(手が言うことをきかないのでしばし中断)

何だかんだ言っても季節の変わり目。パニック発作が頻発したり少々気分が落ちてきたような気もするけどなんとか平成最後の冬を乗り切りたいと思ってる。今の希望はフィギュアの全日本選手権のチケット当たれ(笑)一次抽選で外れ、望みは来月頭の二次抽選。会場までバス1本で行ける距離なので(これ大きなポイント)生で見たい。それ以外はとにかく手の痺れが完全に取れて、指の関節も痛くなくて、脚が痛いのが治れ。それから激鬱にもならず躁転もするな。望みが多いな。でも健康第一。首の手術って言われた時はどうしようかと思ったもの。双極はしょうがないとしてもケガダメ、絶対!

ということで今回は終わり。
あー指がまだあかんわ。

 

 

またですか…

はい、まだ音声入力使って書いてます。

前回のブログを書いた後、完全に無記憶状態の中ODをかました模様。これ何でなんだろう、ええい辛いからやったれとかならわかるんだけれどまったく記憶にない。翌朝起きたところもよく覚えてないまま場面は外に買い物に出たところに飛びます。
恐らくふらふらしてたんでしょうな、スーパーの前でそりゃあ盛大にこけて顔を含む全身を強打しました。おばちゃんがすっ飛んできて助けてくれました。おばちゃん本当にありがとう。ここからあた記憶が飛びます。3日ほど経って両手が痺れと痛みがあり、ぶつけた腰回りというか股関節が痛み体を横にして寝付けない、逆サイドは腱板断裂で相変わらず痛いのでベッドでのたうち回りつつどうにか上向きで寝るという状態が続いたので、再度整形外科へ。

受付をすませてよろよろと歩いていたら看護師さんがすっ飛んできて「脚痛い?危ないから車椅子持ってくるから!」と車椅子に乗せられて移動。そんなにやばい歩き方してるんかいとここで自覚するバカさ加減。

診察を受けてとりあえず手はぶつけたばかりだし様子見、股関節も後からのほうが問題が出てくることが多いのでとりあえず手も股関節も鎮痛剤と痺れに効くという薬と湿布をもらって翌週再度診察ということで帰宅。

また数日経ってメンタルクリニックへ。主治医が顔の傷を見て「どうしたの!」というので記憶なしODからの流れを説明すると「ODは意外とふらつきが残ったり記憶が飛んだりと後からのダメージのほうが多いんだよ」とのこと。その後私の手を見て「その手の痺れがどこから来てるかってことやなー。腫れてるというよりむくんでるし力入らへんのやろ。それしっかり聞いたほうがええな」と言われて、またこけないようにゆっくり歩いて帰宅。

翌週また整形外科を受診して手の痺れについて言うとMRIで首を見てみようと言われてそのままMRIへ。薬も増量してまた様子見。

実はその後母にも勧められて2週間ほど実家でだらだら過ごす予定でエアチケットを抑えていたのですが…関西住みの私は関空から帰る予定だったのですがあの台風がやってきて関空死亡。えええとチケットを払い戻して伊丹から帰ろうと思っていたら…実家北海道なんですわ、ええ地震ですよ。これは今行くタイミングじゃないなと帰省を断念しました。関西の台風が少し落ち着いたかと思ったところに大雨。お隣の台風で飛びかけた屋根を仮修繕してあった部分がお亡くなりになりました。いやもうこの天災の多さはどういうことなの。

そんな訳で全身ボロボロに加速がついております。ODあかん。そんなことわかってるんだけれど無意識でやらかすから本当に困る。翌日になってゴミ箱に山盛りになった薬のプラケースを見てえー何でやねん、いつどこでー?ですよ。これはいけませぬ、マジでいけませぬ。